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このブログでは
不倫されても夫が大好きな
サレ妻さんに向けて
何があっても一日で自分を整える
夫婦再構築方法を発信中
しなやかな自分軸で
愛を育む専門家
一人で夜の暗闇に沈んでいるあなたへ
「今日も一日、なんとか終わった……」
夜、子供たちの寝顔を見てホッと息をつく瞬間。
隣で眠る夫の気配を感じながら、どこか遠い存在のように思えて寂しくなったり、逆に「今は触れないで」と心を閉ざしてしまったりすることはありませんか?
かつての私は、まさにそうでした。
4時に起きてから23時に眠りにつくまで、家事・育児・仕事のループ。
「母」としての役割を完璧にこなすことに必死で、一人の「女」に戻る余裕なんて1ミリもありませんでした。
そんな中、信じていた夫の不倫が発覚しました。
きっかけは、些細なオンラインゲーム。
「なぜ?」「私の何が足りなかったの?」と自分を責め、絶望の淵に立たされた私が見つけたのは、夫婦の営みの「数」よりも、もっと大切で、もっと根本的なことでした。
不倫発覚後、狂ったように回数を重ねた時期を経て、今、ようやくたどり着いた「本当に心から満たされる関係」の作り方。
この記事では、ワンオペ育児で自分を失い、不倫という地獄を経験した私だからこそ伝えられる、「頑張りすぎる妻」を卒業して、もう一度愛し合うためのヒントをお話しします。
もしあなたが今、一人で夜の暗闇に沈んでいるのなら、少しだけ私の話を聞いてください。
「最近、夫と触れ合っていますか?」多忙な日々で消えた夫婦の時間
「最近、夫と触れ合っていますか?」
こう問いかけられて、胸がチクリと痛む方は少なくないはずです。
かつての私も、その一人でした。
当時の私の毎日は、分刻みのスケジュールで埋め尽くされていました。
朝4時に起床し、タイマーで洗い終えた洗濯物を干す音から一日が始まります。
朝食の準備、子供2人の支度、保育園への送迎、そしてフルタイムの仕事。
退勤後も息つく暇はなく、夕食の準備をしながら台所で自分の食事を済ませ、お風呂、寝かしつけ……。
20時半に子供と一緒に寝落ちしてしまい、ふと目が覚めるのは夜中の22時。
そこから残った家事を片付け、ようやく布団に入れるのは23時過ぎ。
体力的にも精神的にも、私は常に「限界」を超えていました。
そんな状態で、夫から夜に誘われたとき..
私の正直な気持ちは、「嬉しい」よりも先に「やっと寝れると思ったのに、邪魔しないで」でした。
もちろん、夫のことが嫌いになったわけではありません。
行為自体も好きでしたし、夫以外で満足できるなんて思ってもいませんでした。
でも、生活に余裕がなさすぎたのです。
いつしか、夫の手が伸びてきても気づかないふりをして、寝たフリを決め込むことが増えました。
心の中で「ごめん」と唱えながらも、重い瞼を開けることはできませんでした。
私にとって夜は、愛を確かめ合う時間ではなく、明日を生き延びるための「回復時間」になってしまっていたのです。
世間ではこれを「セックスレス」と呼ぶのかもしれません。
でも、私たちの場合は少し違いました。
完全にゼロだった訳ではなく、週に1回程度は応じていた記憶があります。
しかし、後に不倫が発覚してから夫に言われたのは、「月に1回あるかないかだった」という衝撃の言葉でした。
私と夫の間で、時間の感覚にこれほどの差があったことに、私は全く気づいていませんでした。
私は「こなすこと」に精一杯で、夫の心の欠乏感に目を向ける余裕がなかったのです。
夫は次第に、私を誘う勇気を失っていきました。
私が子供中心の生活になればなるほど、夫にとって私は「愛する女性」から「子供たちのママ」へと変わっていったのだと言います。
「忙しいから仕方ない」
「ワンオペなんだからわかってよ」
そう自分に言い聞かせ、夫が夜な夜な一人で処理している姿を見ても、「それが楽なんだろう」と勝手に解釈していました。
でも、本当に失われていたのは「性交渉の回数」ではありません。
「お互いを一人の男と女として見つめ合う、心のゆとり」だったのです。
生活に追われ、自分の感情を殺してまで「完璧な母・妻」であろうとすればするほど、夫婦の時間は砂のように指の間からこぼれ落ちていきました。
そして、その空いた心の隙間に、オンラインゲームという異世界からの誘惑が入り込むなんて、当時の私は微塵も想像していませんでした。
あの時、もし私が寝たフリをやめて、一度だけ夫の目を見て「今日は本当に疲れているから、明日ゆっくりお話ししよう」と本音で向き合えていたら。
もし、夫が「手伝うから、少し休んで」と私の限界に気づいてくれていたら。
多忙な日々の中で、私たちは「一番身近な他人」になってしまっていたのです。
ワンオペの限界が招く「不倫という悲しい未来」
「ワンオペ育児」という言葉は、今では当たり前のように使われていますが、その渦中にいる人間にとっては、そんな一言では片付けられないほどの「絶望」が詰まっています。
当時の私のスケジュールを振り返ると、そこには「私」という個人が存在する隙間など、1分もありませんでした。
4時に起きてから、23時に泥のように眠りにつくまで。
洗濯、食事、仕事、送迎、風呂、寝かしつけ。
これを毎日、一人で回す。
子供の急な発熱で仕事に穴を開け、肩身の狭い思いをしながら職場へ頭を下げ、帰宅すればまた戦場のような家事が待っている。
これに加えて、夫への不満をぶつける気力さえ、当時の私は失っていました。
「もっと早く帰ってきて」「家事をして」と、最初は何度もお願いしました。
口で言うと嫌な顔をされるから、箇条書きにした手紙を置いたこともあります。
でも、その努力が報われることはありませんでした。
一度はやってくれても、数日経てばまた私の仕事に戻る。
いつしか私は、「夫に期待するだけ無駄だ。全部自分でやったほうが早いし、波風も立たない」と、心を閉ざしてしまったのです。
でも、この「諦め」こそが、不倫という悲しい未来への入り口でした。
夫の母は専業主婦でした。
だから夫にとって、家事は「誰かが勝手にやってくれているもの」だったのでしょう。
一方で、私の母はフルタイムの看護師。
母もまた、ワンオペで私を育ててくれました。
その背中を見て育った私は、「弱音を吐くのは甘えだ」「家事を完璧にできない私は妻として未熟なんだ」と、自分自身を呪縛の中に閉じ込めてしまったのです。
私が「完璧なママ」になろうと必死になればなるほど、家の中の空気は張り詰め、夫にとっての家庭は「安らげる場所」ではなく、「正論を振りかざす妻が仕切る場所」になっていきました。
夫は、父として成長するよりも先に、男としての居場所を外に求めました。
私に協力しないから、私に男として認めてもらえない。
それが自分でもわかっているから、家庭内での居心地が悪くなり、さらに異世界へ逃げる。
それが彼にとっての「オンラインゲーム」であり、画面の向こう側にいる別の女性でした。
「お酒を飲んでナンパをするのは、その場のノリだ」
そう言っていた夫の言葉を信じていたけれど、彼はずっと、現実の重責から逃げられる場所を探していたのだと、今ならわかります。
でも、あえて言わせてください。
不倫をされた側が、自分を責める必要なんて、これっぽっちもないんです。
私が何をしていれば、不倫されずに済んだのか。
再構築を始めた頃、私は何度も自分に問いかけ、夫とも話し合いました。
でも、答えは出ませんでした。
なぜなら、私がどれほど完璧に家事をこなし、どれほど夜の相手を頑張ったとしても、夫自身が「夫として、父として向き合う」という覚悟を持っていない限り、結果は変わらなかったからです。
私を一人きりで戦わせ、その疲れ果てた姿を見て見ぬふりをしたのは、夫自身です。
妻が「母」になってしまい、「女」として振る舞えなくなった責任は、彼女を「母」という役割の中に閉じ込めた環境と、それを助けなかったパートナーにあります。
「助けて」という叫びは、何度も届けていたはずです。
言葉で、手紙で、そして何よりも、私の疲れ果てた表情そのもので..
それを受け取らずに、自分一人の自由や、男としての承認欲求を優先して異世界へ逃げたこと。
その未熟さが、私たちの夫婦関係を壊しました。
ワンオペの限界は、単に「体が疲れる」ことではありません。
「この人と一緒に生きていく意味があるのだろうか」という、心の枯渇を招くこと。
そしてその枯渇が、不倫という形で最悪の結末を連れてくるのです。
頻度よりも「質」。不倫発覚後に気づいた本当の愛し合い方
不倫が発覚した直後、私たちの関係はこれまでにないほど激しく燃え上がりました。
それは「再構築」という言葉だけでは言い表せない、狂気にも似た執着だったかもしれません。
多い時は週に4回、一日に2回も。
それまでのレスが嘘だったかのように、私たちは何度も何度も体を重ねました。
しかし、その激しさの裏にあったのは、純粋な愛だけではありませんでした。
不倫相手という見えない影を私の体から追い出したい、という執念。
そして「まだ夫に求められている」という事実で、ボロボロになった自尊心を埋め合わせようとする必死な抵抗。
不倫という消えない事実を、行為の熱量で力任せに塗りつぶそうとしていたのです。
けれど、どれだけ激しく求め合っても、終わった後に残るのは虚しさでした。
体は満たされても、根本的な問題は何一つ解決していない。
私は依然としてワンオペのまま、夫の不機嫌を恐れ、家事と育児に追われる「便利な妻」のままでした。
これでは、またいつか同じことが繰り返される。
そう気づいた私は、ある大きな決断をしました。
「私は、良い妻をやめる。そして、私の人生を生きる」
かつての私は、義母のような「完璧な専業主婦」になれない自分を責めていました。
夫が不倫をしたのは、私が至らないせいだと思い込もうとしていました。
でも、それは違ったのです。
私が作業療法士として自分の仕事に誇りを持ち、生き生きと働いている姿に恋をしたのは、他でもない夫自身だったはずです。
私は自分の時間を作り、やりたいことを優先し、疲れたときは「今日は無理」とはっきり口に出すようにしました。
最初は親の目や世間体が気になりましたが、関係ありません。
私が私らしくいることが、一番大切だと気づいたからです。
すると、不思議な変化が起こりました。
私が「完璧な妻」であることを手放したことで、夫が「父」として、「夫」として動き始めたのです。
夕食後の茶碗洗いを当たり前のように引き受け、時には一から手作りのカツ丼を作って私をもてなしてくれる。
私が友人と出かける日には、進んで育児を担ってくれる。
私が自分の仕事を大切にすることを、夫も心から応援してくれるようになりました。
私が「一人の女性」として自立し、自分を大切にし始めたとき、夫婦の夜の時間は劇的に変わりました。
発覚直後のような異常な頻度は、もうありません。
月に数回、あるいはそれ以下のこともあります。
でも、その一回一回の「質」が、以前とは比べものにならないほど深いのです。
そこにあるのは、義務感でも、罪悪感の穴埋めでも、執着でもありません。
お互いの目を見て、今の感情を分かち合い、とことん愛し合う。
時には夫がリードし、時には私が主体となる。
対等な一人の人間として、全力で向き合う。
その時間は、ただの性交渉ではなく、お互いの存在を確認し合うための「聖域」のような時間になりました。
「数は関係ない。どれだけ深く、お互いを大切に想いながら抱き合えるか」
終わった後に訪れる深い眠りは、現実逃避のための寝落ちではなく、心からの充足感がもたらす安らぎです。
もし今、あなたが「レスを解消しなきゃ」「もっと応えなきゃ」と義務感に駆られているのなら、一度立ち止まってほしいのです。
大切なのは、回数を増やすことではなく、あなたが「あなた自身」を取り戻すこと。
そして、夫に「ママ」や「家事担当者」としてではなく、一人の愛すべき女性として向き合わせる環境を作ることです。
私たちは、不倫という絶望を経験しなければ、この境地にたどり着けませんでした。
でも、もしあなたが今、暗闇の中にいるのなら、どうか知ってください。
自分を責めることをやめ、自分自身を愛し始めたとき、夫婦の形は必ず変わり始めます。
数に縛られるのは、もう終わりにしましょう。
あなたが心から満足し、自分を誇れる生き方を選んだとき、本当の意味で「愛し合う」という時間の意味が、きっと見えてくるはずですから。
自分を責めるのは今日で終わり。自分の人生を歩むと決めたあなたへ
「私が、もっと優しくしていれば」
「私が、夜の誘いを断らなければ」
「私が、完璧な妻であれば、彼は外に目を向けなかったはず」
不倫という裏切りを経験した時、多くの女性が真っ先に陥るのが、この「自責」のループです。
まるで自分に欠陥があったから、この悲劇が起きたのだと、自らの心をナイフで刻み続ける。
でも、今ここで、はっきりとお伝えします。
自分を責めるのは、今日で終わりにしませんか?
あなたがどれほど自分を追い込み、身を粉にして家庭を支えてきたか。
私は知っています。
朝から晩まで分刻みのスケジュールをこなし、自分の体調不良にさえ気づかないふりをして、子供たちの笑顔を守り続けてきた。
それは、未熟どころか、称賛されるべきことです。
不倫の理由は、あなたの「不足」にあるのではありません。
それは、向き合うべき現実から逃げ、最も身近なパートナーの叫びに耳を塞いだ、夫側の「未熟さ」の問題です。
あなたがどんなに素晴らしい妻であっても、逃げる人は逃げます。
不倫をされる未来は、あなたが何をしても変えられなかったかもしれない。
そう思えたとき、ようやく重い鎖から解放されるはずです。
私が「自分の人生を生きる」と決めたとき、最初にしたことは、自分の中に根付いていた「こうあるべき」という呪縛を捨てることでした。
「お義母さんのように、専業主婦で夫を支えるのが正解なんだ」
「共働きで家事が疎かになるのは、私のわがままだ」
そんな、自分を苦しめるだけの比較をやめました。
私は作業療法士という自分の仕事が好きでした。
社会の中で誰かの役に立ち、自分の足で立っている感覚が、私という人間を形作っています。
それを「贅沢」だなんて思う必要はどこにもなかったのです。
私が私自身の人生を誇り、笑顔でいること。
それこそが、本来あるべき「妻」や「母」の姿なのだと気づきました。
家事を完璧にこなすことより、夫と笑い合える心の余白を作ること。
夫のために自分を殺すのではなく、自分の幸せのために夫に協力を求めること。
そうして「自分の人生」の主導権を自分の手に取り戻したとき、不思議なことに、夫婦の関係も再び回り始めました。
今、あなたは今の生活に満足していますか?
ご主人を心の底から想い、一人の女性として抱き合っていますか?
もし、まだ答えが「NO」であっても、絶望しないでください。
再構築とは、元の形に戻すことではなく、壊れた瓦礫の中から必要なものだけを拾い集め、全く新しい家を建てるような作業です。
そこには、以前のような無理な忍耐も、嘘の笑顔も必要ありません。
あなたが「自分の人生を歩む」と決めた瞬間、あなたの周りの景色は変わり始めます。
夫の顔色を窺うのではなく、自分の「したい」を優先する。
疲れたら「疲れた」と座り込む。
そうやって自分を愛し、大切に扱う姿を見せて初めて、パートナーもあなたを「一人の尊重すべき女性」として再認識するのです。
不倫という経験は、確かに消えない傷跡を残します。
でも、その傷は、あなたが自分自身の人生を真剣に見つめ直した「勲章」にもなり得ます。
あなたは、妻である前に、母である前に、かけがえのない一人の女性です。
もう、誰かのために自分を犠牲にするのはやめましょう。
あなたがあなたらしく、背筋を伸ばして歩み始めたとき、その隣に並ぶ夫との時間は、これまでで最も深く、温かいものになっているはずです。
回数や世間の正解に惑わされず、あなたにとっての「心地よい愛の形」を、これから一緒に見つけていきませんか?
まとめ:今日は家事を少し休んで、夫と「本音」で向き合ってみませんか?
ここまで読んでくださったあなたは、きっとこれまで、誰よりも一生懸命に家庭を支えてきたはずです。
「私が頑張らなきゃ」と自分を奮い立たせ、自分の心の声を後回しにしてきたのではないでしょうか。
でも、もう十分すぎるほど頑張りました。
今日からは、「完璧な妻」を一度お休みして、「一人の女性」としてのあなたを取り戻す一歩を踏み出してみませんか?
まずは、ほんの少しの勇気を持って、以下のことから始めてみてください。
1. 「しないこと」を一つ決める
今日の夕食はデリバリーにする、洗濯物を畳むのをやめてみる。
浮いたその時間は、あなたが心からリラックスするために使ってください。
あなたが笑顔でいることが、家庭の空気を変える第一歩になります。
2. 主語を「私」にして伝えてみる
「なんでやってくれないの?」という責め言葉ではなく、「私は今、こう感じていて、こうしてくれたら嬉しい」と、あなたの本音を伝えてみてください。
あなたの弱さを見せることは、夫が「父」や「夫」として立ち上がる隙間を作ることでもあります。
3. 「数」ではなく「今」に集中する
夜の時間は、義務感で応じる必要はありません。
もし心が動かないなら、ただ隣で手をつなぐ、あるいは今の正直な体調を話すだけでもいいのです。
形だけの営みよりも、心を通わせる会話こそが、本当の再構築の土台となります。
不倫という嵐を通り抜けた今、私は確信しています。
夫婦関係を再生させるのは、無理な努力ではなく、「お互いが一人の人間として、等身大で向き合うこと」です。
あなたは、誰かの身代わりでも、家事の機械でもありません。
愛され、尊重されるべき一人の女性です。
あなたが自分の人生を誇らしく歩み始めたとき、隣にいるパートナーとの関係も、必ず新しい輝きを放ち始めます。
暗闇の先に待っている、心から満たされる未来を信じて。
まずは今日、温かいお茶でも飲みながら、自分自身に「お疲れ様」と言ってあげてください。
そこから、あなたの新しい物語が始まります。
夫婦再構築は、あなたが生きやすくなるスタートラインに過ぎません。
もっとあなた自身が楽に生きられるよう、サポートいたします。
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