自分の足で立ち
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本当の愛を知る
\自立✖️自律/
夫婦で愛のある人生を

このブログでは
不倫されても夫が大好きな
サレ妻さんに向けて
何があっても一日で自分を整える
夫婦再構築方法を発信中
しなやかな自分軸で
愛を育む専門家
「夫がいないと生きていけない」あなたへ
「夫が今どこで何をしているか不安で、GPSが手放せない」
「嫌われたくなくて、心の中では泣いているのに夫を肯定してしまう」
不倫発覚後の「サレラリ期」、夫への執着心で自分を見失い、暗闇の中に閉じ込められていませんか?
かつての私もそうでした。
夫のLINE一つで一喜一憂し、自分と夫の境界線が分からなくなるほど、病的なまでに執着していたのです。
しかし、ある日気付きました。
私が必死に夫を肯定していたのは、愛していたからではなく、ただ「見捨てられるのが怖かった」だけだったことに。
この記事では、私がそんな地獄のような執着を手放し、「自分軸」を取り戻したことで、結果的に夫婦関係を再構築できた実体験を綴ります。
もし今、あなたが「夫がいないと生きていけない」と苦しんでいるなら、その執着を捨てた先にこそ、本当の幸せが待っているかもしれません。
あなたの人生の主役を、自分自身に取り戻すための一歩を、一緒に踏み出してみませんか?
夫の顔色に怯え、自分を見失っていませんか?
「夫が不機嫌そうにしていると、何か悪いことをしたかなとビクビクしてしまう」
「本当は怒鳴り散らしたいほど傷ついているのに、彼が笑っていないと不安で、つい機嫌をとってしまう」
不倫という裏切りを経験した後、多くの妻たちが陥るのが、この「自分を見失った状態」です。
本来、被害者であるはずのあなたが、なぜか加害者である夫の顔色を窺い、彼の機嫌ひとつでその日の天気が決まるような生活を送ってしまう。
いわゆる「サレラリ期」の執着は、それほどまでに私たちの心を支配します。
かつての私は、まさにその渦中にいました。
夫のスマホの画面が光れば心臓が跳ね上がり、LINEの返信が遅いだけで「また裏切られているのではないか」という恐怖に震える。
その不安を打ち消すために、私は夫を監視し、縛り付けようとしました。
しかし、その根底にあったのは愛ではありません。
「一人になることへの恐怖」と「執着」でした。
自分と夫の境界線が消え、夫が幸せなら私も幸せ、夫が不機嫌なら私は不幸という、あまりにも危うい依存関係。
そこには、「私」という人間が存在していませんでした。
夫の感情をコントロールしようと必死になるあまり、自分の心が悲鳴を上げていることにすら気付かないふりをしていたのです。
ここで一度、立ち止まって考えてみてほしいのです。
あなたが今、必死に守ろうとしているものは何ですか?
もし、夫に嫌われたくないからと自分の本音に蓋をし、理不尽な言動まで「理解してあげよう」と無理に肯定しているのなら、それは優しさではありません。
自分に対する「虐待」です。
嫌なことを嫌と言えず、悲しい時に泣くことも許されない関係は、もはや対等な夫婦ではありません。
不思議なことに、あなたが自分を殺してまで夫を肯定すればするほど、夫はあなたを疎ましく感じ、自己否定を強めていきます。
なぜなら、夫自身が「自分は許されないことをした」と自覚しているからです。
それなのに被害者である妻から不自然に肯定されると、彼は自分の罪の重さを突きつけられているように感じ、逃げ出したくなるのです。
私が良かれと思って差し出した「偽りの理解」は、彼にとっては毒でしかありませんでした。
今、あなたがすべきことは、夫を追いかけることではありません。
鏡の中にいる、ボロボロになった自分を見つめることです。
・夫が笑っているかどうかよりも、あなたが今日、心から笑えたかどうか。
・夫がどこにいるかよりも、あなたの心がどこに置き去りにされているか。
「夫ありきの人生」という重荷を、一度降ろしてみませんか?
あなたが自分自身の主権を取り戻し、「例え夫がいなくなっても、私は私を幸せにする」という覚悟が決まったとき、初めて夫婦の歪んだ関係は動き出します。
自分を大切にできない人に、他人を本当の意味で大切にすることはできません。
そして、自分を大切にしない人を、他人が大切に扱ってくれることもないのです。
あなたの人生のハンドルを、もう一度自分の手に握り直しましょう。
その手はまだ、震えていても大丈夫。
自分を見失うほどの深い闇の中にいるあなたへ。
まずは、今日一日「私はどうしたいのか」を自分に問いかけることから始めてみてください。
私もかつて、夫への執着という「依存の沼」にいました
サレラリ期――それは、理性が崩壊し、生存本能が「夫という存在」に異常なまでにしがみついてしまう、まさに地獄のような時間でした。
当時の私は、夫の一挙手一投足に自分の生命線を預けていました。
仕事中も、ふとした瞬間に「今、彼は誰といる?」「また嘘をついているのではないか?」という疑念が頭をよぎると、心臓がバクバクと波打ち、立っていられなくなるのです。
一人になると、止まらない涙と一緒に、「捨てられる」という恐怖が波のように押し寄せました。
その不安を解消するために、私は自分を「監視員」へと変貌させました。
夫のLINEが未読のままであれば、数分おきに画面をチェックする。
GPSが作動していなければ、最悪のシナリオを想像してパニックになる。
そんな異常な状態にありながら、私はそれを「愛しているからこその不安だ」と思い込もうとしていました。
でも、今ならはっきりとわかります。
それは愛ではなく、どろどろとした「依存の沼」でした。
沼の中にいる私は、自分と夫の境界線が完全に消滅していました。
彼が笑っていれば「許された」気がしてホッとし、彼が不機嫌であれば「私の何が悪かったのか」と自分を責める。
自分の感情のスイッチが、すべて彼の手に握られていたのです。
彼を監視し、行動を制限することで、なんとか自分の精神を保とうとする――。
それは、相手を愛しているのではなく、自分の不安を埋めるために相手を利用しているに過ぎませんでした。
さらに残酷だったのは、そんなボロボロの状態でさえ、私は「夫ありきの人生」を諦められなかったことです。
不倫相手の存在を肯定するような夫の身勝手な言葉に、心はズタズタに引き裂かれているはずなのに、私は彼の言葉を必死に信じようとしました。
「不倫相手は必要だった」
「お前のこういうところが嫌だった」
そんな、突き刺さるような言葉をぶつけられても、私は反論すらできませんでした。
本音を言って、彼が完全に去ってしまうことが何よりも怖かったからです。
表面上の穏やかな関係を維持するために、私は自分の魂を削りながら、夫を肯定し続けました。
「理解のある妻」を演じることで、彼がいつか改心し、元に戻ってくれることを期待していたのです。
しかし、その「偽りの肯定」が、さらに彼を苛立たせ、私を追い詰めていきました。
「お前に肯定されると、イラつくんだよ!!」
その言葉を投げつけられたとき、私は絶望の底でようやく気付いたのです。
私が必死に守ろうとしていたのは、愛し合っている夫婦関係ではなく、単なる執着に過ぎなかったのだと。
自分を大切にすることを忘れ、相手に主導権を渡し、ひたすら「選ばれること」を待つ人生。
それは、自分の人生を生きているとは言えません。
沼に浸かっている間は、その温かさ(執着)が心地よく感じてしまうこともあります。
でも、その沼は確実にあなたを窒息させていきます。
私はこの沼から抜け出すために、まずは「自分がどれほど惨めな思いをしているか」という本音を認めることから始めました。
自分が一番の味方になってあげられなくて、誰が私を大切にしてくれるというのでしょうか。
もし今、あなたがかつての私と同じように、スマホを握りしめて震えているのなら。
どうか知ってください。
その執着という沼の底から足を引き抜くのは、夫の謝罪ではなく、あなた自身の「自分を取り戻したい」という意思だけなのです。
「愛されたい」を捨て「自分を大切にする」と決めた瞬間
「どうしてこんなに頑張っているのに、報われないんだろう」
夫の顔色を窺い、望む言葉を贈り、必死に「理想の妻」を演じ続けていた頃、私の心は常にこの虚しさに支配されていました。
不倫という裏切りを経験してもなお、私は彼に嫌われることを何よりも恐れていました。
しかし、ある時ふと気付いたのです。
私がしていたのは愛の営みではなく、自分を切り売りして「安心」を買い取ろうとする、虚しい取引だったということに。
これまでの私は、「愛されたい」という強烈な欲求に振り回されていました。
愛されたいから、嫌なことも笑って許す。
愛されたいから、彼の身勝手な主張も「必要なプロセスだったんだね」と無理やり肯定する。
でも、それは自分の心を殺して捧げる生贄のようなものでした。
自分が自分を大切にしていないのに、他人が自分を大切にしてくれるはずがありません。
転機は、夫から放たれた「お前に肯定されるとイラつく」という言葉でした。
当時はショックで打ちのめされましたが、今ならその言葉の真意がわかります。
彼は、私が「自分の意志」で語っていないことを見抜いていたのです。
本音を隠し、ただ彼を引き止めるためだけに並べられた肯定の言葉は、彼にとっては何の重みもない、ただの薄気味悪い執着の塊に過ぎませんでした。
「もう、愛されようとするのをやめよう」
そう心に決めた瞬間、何かが弾けました。
彼に選んでもらうための努力を一切放棄し、「私はどうしたいのか」「私は何を許せないのか」という、自分自身の心の声に耳を澄ませることにしたのです。
まず始めたのは、自分の「快・不快」を隠さないことでした。
夫が不適切な行動をとったとき、かつての私なら「荒立てたくない」と飲み込んでいた言葉を、はっきりと口に出しました。
「それは嫌だ」
「私は傷ついた」
「そんな扱いは受け入れられない」
もちろん、本音を伝えることは恐怖を伴います。
これを言ったら、本当に捨てられるかもしれない..
関係が終わってしまうかもしれない..
でも、「自分を大切にする」と決めた私にとって、自分を偽ってまで維持する関係には、もう何の価値も感じられなくなっていました。
「夫ありきの人生」から「自分軸の人生」へのシフト。
それは、自分にとって不幸しか与えない存在なら、たとえ夫であっても執着する必要はないという、冷徹で、かつ清々しいほどの自立心でした。
不思議なもので、私が「彼を失うこと」を恐れなくなり、自分自身の人生の主役として歩み始めたとき、夫婦の力関係に変化が訪れました。
私が離婚届を差し出し、「私には離れる覚悟がある」と事実を突きつけたとき、夫は初めて「一人の人間としての私」を直視したのです。
「愛されたい」という執着は、相手をコントロールしようとするエネルギーです。
一方で「自分を大切にする」という決意は、自分自身を解放するエネルギーです。
今の私には、夫がいてもいなくても、自分を幸せにする自信があります。
そう思えるようになって初めて、皮肉にも夫との関係は「依存」から「対等」へと変わり始めました。
あなたが今、暗闇の中で「どうすれば彼に愛されるの?」と悩んでいるなら、一度その問いを捨ててみてください。
代わりに「どうすれば私は私を好きになれる?」と問いかけてみてください。
あなたの人生の主役は、いつだってあなた自身なのです。
「離れる覚悟」が、結果として夫婦の絆を再構築する
「もう、あなたに振り回される人生は終わりにしたい」
そう決意して、私は夫の前に一枚の離婚届を置きました。
それは、決して夫を脅すためのパフォーマンスではありませんでした。
自分の尊厳を守るために、これ以上自分を傷つける存在と一緒にいることはできないという、私自身への誓いのようなものでした。
これまでの再構築(と信じていたもの)は、砂上の楼閣でした。
私が必死に夫の機嫌を取り、彼の裏切りを無理に飲み込み、必死に「やり直したい」と縋り付いていた時、夫はどこか他人事でした。
彼にとって、私は「何をしても最後には許してくれる、自分から離れていかない存在」になっていたのです。
その甘えが、彼の罪悪感を鈍らせ、不遜な態度を増長させていました。
しかし、私が「離婚届」という具体的な形とともに「離れる覚悟」を突きつけた瞬間、部屋の空気が一変しました。
私が伝えたのは、憎しみではなく「事実」です。
「今のままのあなたと一緒にいても、私は幸せになれない。私は私を幸せにする責任があるから、あなたが変わらないのであれば、私は一人で生きていく道を選びます。」
この言葉は、夫をコントロールするための要求ではなく、私の「境界線」の宣言でした。
これまでは、彼が「離婚する」と言えばパニックになり、泣いて止めていた私が、淡々と、しかし揺るぎない意志を持って別れを提示した。
そのとき初めて、夫は「自分が失おうとしているものの大きさ」を、痛烈なリアリティをもって突きつけられたのです。
皮肉なことに、相手を失う恐怖を手放し、「一人でも大丈夫だ」と自立したとき、はじめて本当の意味での再構築がスタートしました。
夫は、私が「都合の良い理解者」を辞めたことで、ようやく自分の過ちの非道さと向き合い始めました。
私が本音を隠し、彼を肯定し続けていた間、彼は自分の罪から逃げることができていました。
しかし、私が「嫌なものは嫌だ」と突き放し、彼に依存することを辞めたことで、彼は初めて「自分の足で立ち、私という人間に向き合う」必要に迫られたのです。
「離れる覚悟」を持つということは、相手に変わることを期待するのを辞めることでもあります。
相手が変わるかどうかは、相手の問題。
自分がどう生きるかは、自分の問題。
この線引きができたとき、私たちの関係は「依存と支配」から「個と個」の対等な関係へと脱皮しました。
夫はその後、言葉だけではなく行動で、変わる努力を証明することを約束してくれました。
私が彼に執着するのを辞めたからこそ、彼は私という一人の女性を、失いたくない大切なパートナーとして再認識できるようになったのです。
再構築とは、壊れたものを元の形に修復することではありません。
一度完全に壊れた関係を更地にし、お互いが「一人でも生きていけるけれど、それでもこの人と一緒にいたい」と思える、新しい絆を築き直す作業です。
もしあなたが今、夫を失うのが怖くて本音が言えないのなら、どうか忘れないでください。
あなたの「離れる覚悟」は、相手を突き放すための冷たい武器ではなく、自分自身を救い、そして歪んだ夫婦関係を正しく動かすための唯一の鍵になることがあるのです。
あなたが自分の人生の主役として立ち上がったとき、その横に並ぶにふさわしい相手かどうかが、自ずと明らかになるはずです。
このまま一生、夫の顔色を窺って生きていきますか?
ここで一度、立ち止まって胸に手を当てて考えてみてください。
今、あなたが過ごしているその毎日は、あなたが思い描いていた「幸せな人生」でしょうか。
朝起きて、隣に眠る夫の表情を窺い、今日一日の彼の機嫌を予測する。
スマホが鳴るたびに胸がざわつき、彼が少しでも不機嫌そうな顔をすれば「自分が何かしただろうか」と原因を探してしまう。
自分のやりたいことや、言いたいことよりも、「夫に嫌われないこと」がすべての行動基準になっている―。
もし、そんな毎日がこの先10年、20年、いえ、一生続くと想像したとき、あなたの心は何と叫んでいるでしょうか。
「いつか彼が、昔のように優しくなってくれるはず..」
「いつか不倫の痛みが、自然に消えるはず..」
そう信じたい気持ちは痛いほどよくわかります。
しかし、現実は残酷です。
あなたが自分の本音を押し殺し、彼の顔色を窺い続けている限り、その「いつか」が訪れることはありません。
なぜなら、あなたが自分を二の次にしている以上、夫にとってもあなたの優先順位は低いまま固定されてしまうからです。
時間は有限です。
そして、あなたの人生はあなただけのものです。
不倫をされ、傷つけられた。
それだけでも十分に理不尽で苦しい経験です。
それなのに、その後の人生までも、彼に選ばれるかどうか、彼が笑っているかどうかに支配され続ける必要が本当にあるのでしょうか。
「子供のために..」
「経済的な不安があるから..」
離婚を選べない理由はたくさんあるでしょう。
でも、「離婚しないこと」と「夫の顔色を窺って生きること」はイコールではありません。
たとえ同じ屋根の下に住み続ける道を選んだとしても、あなたの心の主権まで彼に差し出す必要はないのです。
想像してみてください。
夫が不機嫌であっても、「それは彼の問題だ」と切り離し、あなたはあなたでお気に入りのカフェに行き、好きな音楽を聴き、心穏やかに過ごしている姿を。
夫のLINEが未読であっても、「そのうち返ってくるだろう」とスマホを置き、自分の趣味や仕事に没頭している姿を。
あなたが夫の顔色を窺うのを辞めるということは、彼を見捨てることではありません。
あなたが「自分の人生を生きる」と決断することです。
もし彼が、自分らしく生きようとするあなたを「気に入らない」と否定し、去っていくのだとしたら、その関係は果たして守る価値があるものだったのでしょうか。
あなたに不幸しか与えない存在に、一生を捧げる価値があるのでしょうか。
厳しい言い方かもしれませんが、今のままの生活を続けることは「楽」かもしれません。
変化を恐れ、今の苦しみに耐えているほうが、未知の明日へ踏み出すよりは恐怖が少ないからです。
しかし、その「耐える選択」の先にあるのは、すり減り、枯れ果てたあなた自身の姿です。
今日、この瞬間から、自分への問いかけを変えてみてください。
「どうすれば彼に許されるか」ではなく、「どうすれば私は、私であることを誇れるか」。
一生は一度きりです。
誰かの顔色を窺うための時間ではなく、あなた自身が心の底から「生きていてよかった」と思える瞬間のために、その時間を使ってほしいのです。
あなたが自分の人生の主軸を自分に戻したとき、はじめて「今の夫との関係」を、曇りのない目で見極めることができるようになります。
あなたは、もっと大切にされていい存在です。
そして、あなたを一番に大切にできるのは、世界中であなたしかいないのです。
まとめ:今日から、あなたの人生の舵を自分に戻そう
ここまで読み進めてくださったあなたは、きっと心のどこかで「もう今のままではいられない」と感じているはずです。
夫への執着という重い鎖を解き、自分の人生の舵を自分に取り戻す時が来ました。
でも、明日から急に「自立した強い女性」に生まれ変わる必要はありません。
ハンドルを握り直すとは、まず「自分の小さな本音」に気づき、それを尊重することから始まります。
●自分の本音を尊重する3ステップ●
1. 「夫はどう思うか」の前に「私はどうしたいか」を問う
今日、何かを選択する時――夕飯の献立から、週末の過ごし方まで――「夫が喜ぶから」ではなく「私が食べたいから」「私が行きたいから」という基準で一つだけ選んでみてください。
小さな選択の積み重ねが、失われた「自分軸」を再生させるリハビリになります。
2. 「不快」を飲み込まず、言葉にしてみる
夫の言動に心がチクッと痛んだら、それを無視しないでください。
「今の言い方は悲しい」「それは嫌だ」と、まずは一言、自分の感情をそのまま伝えてみましょう。
相手を変えるためではなく、「私は私の味方である」ということを自分自身に示すための勇気です。
3. 「夫がいない人生」の幸せを1つだけ想像してみる
恐怖かもしれませんが、あえて想像してみてください。
もし明日から一人になったら、どんな部屋に住み、どんな服を着て、誰と会いたいですか?
「意外と自由で楽しいかもしれない」という小さな予感は、あなたに「離れる覚悟」という名の強さを与えてくれます。
私自身の経験からお伝えできる、確かなことがあります。
それは、あなたが「自分を大切にする」と決め、行動し始めたとき、世界の見え方は劇的に変わるということです。
その結果として、夫婦が手を取り合い再構築を選ぶのか、それとも別々の道を歩むのか。
どちらが正解ということはありません。
「自分が幸せになるための選択を、自分自身でできた」
その事実こそが、あなたの人生における最大の勝利です。
私たちは、夫を監視するために生まれてきたのではありません。
誰かの顔色を窺って、一生を終えるために存在しているのでもありません。
あなたは、自由です。
あなたは、愛される価値があります。
そして何より、
あなたには自分を幸せにする力があります。
さあ、深呼吸をして。
今日から、あなたの人生の舵をしっかりと握り締めましょう。
その先に待っているのは、誰にも脅かされない、あなただけの穏やかで輝かしい日々です。
今、あなたは幸せですか?
その答えを「YES」に変えていけるのは、他の誰でもない、あなた自身なのです。
夫婦再構築は、あなたが生きやすくなるスタートラインに過ぎません。
もっとあなた自身が楽に生きられるよう、サポートいたします。
【自己肯定感心理学】で
あなたの傷ついた心を癒しながら..
【アドラー心理学】で
あなたを前向きな人生に導きます。
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